コシノヒロコ×小川久美子が語る 衣装・色彩・継承、東京都現代美術館で対談
東京都現代美術館で開催中の特別展「(UN)KNOWN HIROKO KOSHINO —新説/真説 コシノヒロコ—」の関連イベントとして『継承される美意識ー⾐装・デザイン・伝統⽂化をめぐる対談ー』と銘打ち、⽇本を代表するトップクリエイター⼆⼈による贅沢な対談が実現した。
登壇したのは、東洋の伝統的な感性と⻄洋のモダニズムを融合させ、65年にわたり世界のファッション界の最先端を⾛り続けるデザイナーのコシノヒロコ⽒。そして、演劇や映像の世界で登場⼈物の⼼の動きや時代の空気を圧倒的な⾐装へと昇華させてきた⾐装デザイナーの⼩川久美⼦⽒だ。
服飾史家の中野⾹織⽒をモデレーターに迎え、「装い」「⾊とかたち」「⾝体性」「継承と更新」という4つのテーマが展開された。「⾐服のあり⽅」そのものを⾒つめ直す⼆⼈の⾔葉から、これからの時代を⽣きる表現者が持つべき、圧倒的な感性の本質が⾒えてきた。
⾐服とは「最も体に近い環境」であり、「⼈格そのもの」である
そもそも、舞台や映画の⾐装と、⽇常のファッションは同じ「服」なのだろうか。映像の世界を通じて⼈物造形に向き合ってきた⼩川さんは、その役割をこう語る。
「映画の世界観の中で、その⼈が『事実』としてちゃんと⽣きているか。キャラクターとして⽣きている かどうかが⼀番⼤事です。⾐装とは、⼈間の体に⼀番近い『環境』。環境によって⼈間の精神状態は⼤きく変わります」
単にかっこいい服、美しい服を作るのではない。その⼈がどんな⽣き⽅、⽣活をしてきたのか、その「⼈格や中⾝」に寄り添い、内⾯を⾐服という形で⽴ち上げること。これらは、ファッションと⾐装という異なる領域で何⼗年ものキャリアを築いてきた⼆⼈が⾏き着いた共通の使命だ。服を作るという⾏為は、⾃
⼰表現である以上に、徹底的に「⼈」と向き合う仕事なのである。
⽋点すらも「個性」に変えるテクニック
現代を⽣きる多くの⼈が、⾃分の体型にコンプレックスを抱き、「隠したい」と考えがちだ。しかし⼆⼈の視点は全く異なる。
- 体型は理想ではなく、すべてが個性である(コシノ⽒・⼩川⽒共通の視点)
- 標準体型に合わせるのではなく、⾐服がその⼈に寄り添う
「太っていることも、それが⼀つの個性」と捉え、平坦な表現ではなく、動いた瞬間に最も美しさが引き出されるよう微妙な調整を重ねる。⾐服がその⼈の個性を肯定した瞬間、着る⼈の⼼には喜びと精神的な豊かさが⽣まれ、⾐服に新しい「命」が吹き込まれる(⾝体性の獲得)。
⾊彩が語る「複雑な精神」と、⽇本の美意識
対談のテーマは、⾐服の持つ「⾊と形」のエネルギーへと移る。⾊彩は、⼈物の感情や⼈間関係を表現するための重要な要素だ。
映画製作の第⼀線で活躍する⼩川さんから、⼈物の内⾯を劇的に視覚化する⼀例として、「⾊をミルフィーユのように重ねる」という驚くべき技法が明かされた。
- 技法の仕組み:緑の⽣地の上に⾚を重ねて裏打ちし、端をあえて裁ち切り(切りっぱなし)にする。
- もたらす効果:動いた時に下の緑⾊がチラチラと遊び、⾶び出して⾒える。
- 表現されるもの:⼀⾒強く⾒えそうな⼈物の、優しさや複雑な精神感情。
こうした繊細な⾊彩感覚の根底にあるのは、⼆⼈が共有する「⽇本の伝統的な美意識」である。歌舞伎の華麗な伝統⾊や、暗闇の中で光を受けて変化する明かりの効果。
幼少期から三味線や邦楽に親しみ、墨絵や陶芸など多様な表現活動を展開するコシノ⽒の実践にも⾒られるように、海外の視点にはない⽇本⼈独特の「光と⾊の捉え⽅」を完全に⾃分のコンセプトの中に持つこと。そのためには、⽇常の暮らしそのものを「⽇本の美意識が⾃然と染み込んでくる環境」へと変えていくことが⼤切なのだという。
「伝統」はケースに⼊れて守るものではない
「伝統とは、ガラスケースに⼊れて保存するものなのか、それとも使い続けることでしか残らないものなのか」という「継承と更新」をめぐる問いに対し、⼆⼈の意⾒は⼀致している。
⽇本の1番⼤切な美しさは、知識として教わるものではなく、⽇々の育ちや⽣活、あるいは幼少期の過ごし
⽅(トレーニング)の中から⽣まれる。
| 伝統に対するアプローチ | これからの⽂化継承に必要なこと |
|---|---|
| × ガラスケースに⼊れて保存する | 〇 ⽇常の⽣活や創作の中で使い続ける |
| × 知識として⾔葉だけで教わる | 〇 幼少期から「プロフェッショナルな本物のレベル」を体験する |
実際、コシノ⽒は本展において、次世代へ向けた「こどもファッションプロジェクト」を監修・実施している。今の若い世代、そして未来の⼦供たちに向けて「プロフェッショナルな本物のレベル」を体験さ せ、⾝体に染み込ませていくこと。その受け取り⼿(次世代)がいて初めて、⽂化は未来へと繋がっていく。
AI時代に求められる、⼈間の「本質的な感性」
現代は、AIの台頭によってデザインが誰でも簡単に⽣み出せる時代になりつつある。⾐服の歴史を築き、絶えず⾃⼰更新を続けてきた⼆⼈は、この未来をどう⾒据えているのだろうか。
「世の中がどう変わろうと、AIがデザインを簡単にできる時代になったとしても、やはりその⼈が持っている『本質的な感覚』をしっかりと持ち合わせていなければ、前には進めません」
AIを完全に使いこなし、新しいものを⽣み出すために不可⽋なもの。それは、「その⼈⾃⾝の重要な個性と感性」に他ならない。
世の中にすでに転がっている、やり尽くされたものばかりを⾒ていては、新しいものは⽣まれない。⼤切なのは、他⼈の⽬を気にする表⾯的なことではなく、⾃分⾃⾝の内⾯をどこまでも泥臭く、徹底的に追求すること。その圧倒的な個性の追求の先にしか、これからの時代のクリエイティビティは存在しないの だ。
取材後記
⾐服を通して「⼈間」を⾒つめ続けてきた⼆⼈の⾔葉は、AIという新たなツールを迎えた現代の表現者たちへの⼒強いエールであった。表⾯的なテクニックに溺れることなく、⾃⾝の価値観を信じ、⾃らの感性をトレーニングし続けること。
コシノヒロコ⽒の半世紀を超える実験的かつ批評的な創作の全貌は、2026年7⽉26⽇まで東京都現代美術館で公開されている。彼⼥たちが体現する「装いが持つ意味と表現の⼒」を、ぜひ会場で肌で感じてほしい。